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2012年3月19日月曜日

カバの牛革手帳

 芥川賞をとった円城寺塔の『道化師の蝶』を読んだ。作者は大学で物理学を学んだ理系の人だが、前文からして難解だ。
 それでも、最初の書き出しからカバは引き込まれてしまった。飛行機で乗り合わせたエイブラム氏の話である。このエイブラム氏こそ母の遺産で飛行機を乗り回していたカバを髣髴させるからである。
 「エイブラム氏は、年中飛行機で飛び回っている男で、どこへという目的地はない。ただ飛んでいるのを事業としており、できうる限り飛行機に乗り、やむを得ぬ場合に限って空港近くのホテルに宿泊している。フライトアテンダントとか機長とか言う人ではなくて、特にあてなき乗客である。」
 カバも8年前から日本全国の空港をほとんど乗って回った。2年間で400万円はチケット代で費消した。もちろん予約変更なしの超割チケットだった。一日で、青森から羽田、沖縄、宮古島まで行き、往復してきたこともあった。片道各区間1万円で合計6万円であった。
 エイブラム氏のことを作者はこんな風にも書いている。
「肥満した体をエコノミークラスの座席に無理やり押し込み、脂肪がゆっくり馴染むのを待つ」。高空へ至り、飛行と脂肪の配置が安定し、ワインの瓶を赤白一本ずつ頼んだあたりで、胸の内ポケットからおもむろに一つ道具を取り出す」ところまでは、カバの所作にそっくり同じだった。
 エイブラム氏が取り出すのは、銀の袋に入った補注網だが、カバが取り出すのは牛革の手帳であった。
 本の内容はともかく、この書き出しですっかりカバは魅せられてしまった。
 

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