カバは東北大震災の被災地の一つである。宮城県の仙台市、名取市、岩沼市に行ってきた。車で一泊二日の旅だった。岩沼のグリーンピアに泊った。仙台空港の南の海岸に行ってみた。海岸付近のビルは1階が完全に水で流され、残骸と化していた。海水を被った田圃は耕作されずに放置されたままだった。津波に襲われ、なぎ倒された松の木が並べられていた。その傍らには、車の残骸が何百、何千台と重ね置きされていた。
仙台空港は旅客機が発着していた。そこだけみれば、大震災から復旧しているように見えた。しかし、空港そばの食堂レストランは、窓が壊れ、無人の廃墟と化していた。空港の内陸側の敷地内には、目を覆うばかりのおびただしい量の瓦礫がそのまままとめられていた。
本当の復興はいつになったらできるのだろうか。日本はこれからどうなるのだろうか、という漠然とした不安をいだいて帰ってきた。
実は、時間があれば福島原発事故の現状も見てきたかった。しかし、時間の都合で、福島現地の友人の話を聞くだけにとどめた。これまでに、報告を聞き、テレビや新聞で目にするのと同じであったが、「事故による放射能の体内被曝の影響がどう現れるのか、事故による放射能による環境汚染の影響を完全に除去できるか」という重い課題をこれから少なくとも半世紀は回避できないということだけは、確実であった。
青森、岩手、宮城、福島、茨城の海岸線の地震津波の被害とともに福島原発事故による放射能・放射線による人体や環境へ被害は今後、どのように修復できるのだろうか。
大阪市・大阪府のダブル選挙の結果をみて、日本資本主義のどうにもならない閉塞状況の中、大阪市民や大阪府民はドラスティックな変革を求めているのだけははっきりした。
大震災と福島原発事故で壊れてしまった日本を立て直すのは、国政と自治体のあり方について行政と議会のあり方もふくめ、ドラスティックな変革が必要であることは言うまでもないことだと思う。しかし、それだけでいいのだろうか。
日本人は根本的な生活の質と量を見直す時期に差し掛かっているのではないか。役所と公務員だけを変えても駄目だと思う。市民のこの国、自治体に対する関わり方を根本的に見直さなければならないのではないか。役所にだけ求めるのではなく、市民の生活の隅々において、徹底的に無駄を排し、自給自足にできるだけ近づけることが必要だ。エネルギーの消費しかり、食糧の消費においても同様だ。粗衣粗食の簡素な生活へ転換すべきだと思う。
日本人が次の世代に引き継ぐべき課題は、まず資本主義的な価値観から脱却し、新しい民主主義的哲学思想を確立し、そのうえで、とりあえず原発をすべて廃止し、核廃棄物をできるだけ安全に管理処分するようにしたうえで、2012年から国民すべてが最低限の生活から始めるという覚悟だ。それがなければ、どんなことをしたって徒労に終わる。大阪や名古屋の実験も4年でそれがわかるはずだ。
市民の中で、一番優秀で、真面目な集団の公務員をいじめ、疲弊させるだけでは、この国が元気にならないどころか、真の意味での世界恐慌から脱却はできない。その意味では、福島原発事故は日本が今後生き延びるためのキーポイトになりうる問題を提示しているのだ。

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