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2010年5月29日土曜日

一二三会のこと

 そもそも始まりはM氏である。彼は、昨年6月までT書房の取締役総務部長であった。一方で、出版のプロデューサーであり、学生時代から将来を嘱望された詩人でもあった。そのM氏が、カバの妻の友人でカバの高校の同期でもあるT女と結婚した。それが縁で、カバはM氏がT女の実家のある青森に来るようになってから紹介された。30年も前のことである。13年前、カバが北狄に入ってから、M氏とは妻の親友の連れ合いという以上に親密になり、妻やT女を介在することなく会うことが多くなった。カバがM氏と会って、一番落ち着いて話ができるのが、駅前の喫茶一二三である。もちろん、喫茶一二三の前身の一二三食堂には両方の夫婦で何度かいったことがある。カバは、食堂時代より今の喫茶一二三の方が好きである。
 M氏がT女と一緒に、T女の両親に会いに青森にやってくるとき、カバはM氏の貴重な時間を借りて、彼の話を聴くのが、とても楽しみになっていた。それだけ、優しい口ぶりで、ときに厳しく作品の欠点を批評してくれるのだが、M氏は決して切り捨てない点がカバには救いでもあった。それで、いろんな場所、飲食店、料理屋、などに行ったが、最後は喫茶一二三に落ち着いたというわけであった。それが、一二三会の始まりであった。会は不定期、しかも、T氏が青森に来た時という限定付きであった。
 青森でもっとも活躍している劇作家であり、放送作家・脚本家であり、もっとも文学賞に近い存在の小説家であるとカバが信じているKという友人にM氏を紹介したところ、KもM氏が気に入ったようで、M氏が青森に来た時には、是非一緒に話をしたいということになって、一二三会は三人会となった。そうしているうちに、Kとの話の際に、毎月、一二三会をやって、お互い切磋琢磨、刺激し合おうということになった。Kと同じく北狄同人ではないが、服部進門下といってもいいと思うY女も誘って、三人でやることに翌月からなった。二対一ではということで、三月からA女も加わり、M氏が不在の時は、四人で一二三会をやっている。Y女は川柳界では別の柳号で名が知られ、エッセイストとしてもエスプリのきいた名文を書く人で、ひそかに文学賞を狙う恐るべき小説家でもある。A女は文人政治家A元代議士の娘でこれまた優れた文章家である。カバは毎月、これら三人のつわものにまな板の鯉ならぬカバ叩きにあい、痩せる思いで「いまにみていろ」と耐え忍んでいる。M氏だけが、いまのところ頼りなのだ。8月にM氏が青森にやってくるのが、いまから待ち遠しい。

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