今日は4月16日、火曜日です。今日の出来事はたくさんあります。昨日、秋村健二さんから譲られた北狄と400号と401号の秋村作品を加え、10時45分に小山内達雄さん宅へ届けました。今日は1時半から会議と学習会そのあと渡辺英彦さんをはじめ4人の物故者の偲ぶ会でした。会議の途中、千葉さんから電話で、「斎藤さんが亡くなった」とのこと。北の街社の斎藤孝幸さんが自宅で亡くなっているのを日曜日に訪れた長男が発見したという。「そんなバカな」と、言葉もなかった。壬生氏が亡くなった7日から何度も電話を交わしていたからだ。11日に壬生氏の弔問に一緒に行く予定が、10日に一人で行くと変更の電話があり、わたしは翌11日にひとりで弔問に行ったのでした。12日の葬儀に彼は来ていましたが、わたしは事故で弘前に足止めされ彼に会えませんでした。13日に香典を届けに行くので、壬生氏の自宅への道を訊いたのも斎藤さんでした。13日に電話履歴では4度もやりとりしています。北狄作品集の校正刷り届くはずの月曜日になっても届かないので不審に思っていたところでした。14日の日曜日に亡くなっていたのです。通話履歴では、13日土曜日の午後8時13分までは確かに生きていたことがわかります。こんなことがあるのでしょうか。7日に壬生氏が亡くなり、13日の夜から14日にかけて、孝幸氏がひとり寂しく亡くなっていたのだ。わずか一週間で、青森ペンクラブの副会長と事務局長が相次いで亡くなるなんて、しかもこの二人は親友中の親友なのだ。あまりに悲しい、ことばもなく、慟哭しかない。
今日の論語は、「子路説ばずして曰わく、之くこと末きのみ。(論語巻第九陽貨第十七篇第五章第四節)」です。
子路不說曰末之也已, 子路はおもしろくなくて、「おいでになることもないでしょう」といった。

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