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2021年12月25日土曜日

12月25日、赤や惑う。(論語巻第六先進第十一篇第22章第9節)

  今日は12月25日、土曜日です。とり平のママさんが21日の朝に亡くなりました。実は、20日の月曜日、アウガでの月曜会のあと、工藤慎一さんと二人で6時半から8時過ぎまでとり平で飲んでいました。ママさんがいないので、マスターにどうしたのかと尋ねましたが、今日は休みだと言っていたので、気にもとめませんでした。私たちが店を出た時、客がまだ居たので、マスターが店を閉めたのは、9時過ぎだと思います。それからわずか12時間弱でママさんが亡くなるとは思いもかけなかったはずです。21日から店は休みで、22日店のガラス戸に貼り紙がしてあったので変だと思いました。クリスマスイブの24日に笹森先生ととり平で呑む約束だったのですが、貼り紙が張られたままでした。急遽、場所を雅に変えて、帰りにタクシーを降りて、貼り紙を確かめたところ、ママさんが窮したとのことで葬儀の予定が書かれていました。まったく、寝耳に水とはこのことです。あの八千草薫ばりの優しい笑顔が忘れられません。マスターがどんなに悲しんでいるかと思うと胸が痛みます。

 今日の論語は、「赤や惑う。(論語巻第六先進第十一篇第22章第9節)」です。

 赤也惑, 赤(公西華)はまよいます、と孔子にいった。

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