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2021年2月27日土曜日

2月27日、我れは賈を待つ者なり。

  今日は2月27日、土曜日です。今日が2月最後の土曜日です。朝6時半に佐井村の民宿宮野で目覚め、7時前に洗面と新しくなったきれいな風呂に昨夜に続いてもう一度入りました。昨夜は4時から5時50分まで会議をやりました。田名部副村長、東出総合戦略課長に、もうひとり役場の総合戦略課長補佐、竹内自工社長、太田林業社長、富岡社長、富岡取締役、それに私の8人でした。最後に山口経理係長も参加して、さいエナジーの4月発足の目途はつきました。6時半から三人で会食を始めて、7時過ぎに町村会の総会からもどった東出総務課長が加わって、9時半まで飲みました。そのあと酔い覚ましに新しくなった風呂へ入り、すこし小説を書いただけで眠ったのでした。トイレと流し場、浴室、それに部屋の窓それにエアコンが整備されたのでした。7時半に朝食をとり、45分過ぎに宮野さんに挨拶を交わして帰りました。富岡親子は小水力の調査で牛滝経由で帰るということで、民宿の前で別れました。

 佐井から青森まで直行しました。青柳事務所に着いたのは11時20分でした。途中の横浜のドライブインでトイレ休憩しただけで3時間半のドライブでした。むつまでの北通りは路面が凍結して、危険な状態でした。青柳事務所で新報と月刊誌を受取り、労金で北狄の記帳をし、高森銘茶堂でましらさんの原稿を受取り、浪館前田の家に着いたのは12時15分でした。実は、青柳事務所から出て、浜町のベイブリッジ通りへ出ようと、横の小路を行こうとして、通りに出る直前でぬかってしまいました。スコップもタイヤのスリップ止めも置いて来ていたので、困り果てました。事務所に助けを呼ぼうと思いましたが、現場で15分ほど悪戦苦闘の末、どうにか抜け出すことに成功しました。汗びっしょりでした。雪にぬかったプリウスを動かすほうほうを漸く分ったようです。

 家で輝代さんのラーメンを食べて、県立図書館へ行き、明の星の鈴木先生に会い、こないだの軽トラのお礼ということで、蜂蜜など三品をもらいました。このあと3時半まで、中国語の会に参加しました。毎日、日課で勉強していることもあり、大分馴れて来ました。終わって、まっすぐ家に帰りました。この一週間の郵便物を整理しました。執筆した原稿の稿料が貰えることになり、その振込先を記入し、浪館小学校の評議員の承諾書を教育委員会へ提出する書類を書きあげ、宮野民宿へ泊まったことによる県産品のプレゼントのWEBでの申込をし、毎ナンバーカードのオンライン申込も済ませました。3月の日程表への書き込みも行ないました。あとは5月3日の「コロナ禍から命を守れ、武器はいらない」意見広告の申込み、素人デジカメ展の申込み、青森ペンクラブの役員会の参加申込みの準備を終え、美濃さんの奥様の訪問を受けたりしているうちに6時半になっていました。

 8時半に夕食を食べ終え、あとは日課の残りに取りかかりました。

 今日の論語は、論語巻第五子罕第九篇第13章第3節「我れは賈を待つ者なり。」です。

 原文;我待贾者也。

 拼音;Wǒ dài jiǎ zhě yě.

 通釈;孔子がいいます、「わたしは買い手を待っているのだ。」と。

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