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2020年12月29日火曜日

12月29日、煥として其れ文章あり。

  今日は12月29日、火曜日です。昨日は、5時に起き新聞を読み、日課をやり、朝食後も10時半までその日の日課を終わり、津島自動車へプリウスの修理に行きました。11時半に下まわり2個所の修理(5500円)が終わり、西滝郵便局でレターパックを40枚とレターライト5枚買い(9050円)、昼食の輝代さんラーメンをはさんで、12時40分まで、北狄393号の出版社、新聞社、図書館、文学館等友誼同人誌関係者にレターパックに入れて、あて名シールを張り付ける作業をしました。

 1時の約束で、県庁脇の麦わら帽子で佐々木英明君と会うことになっていました。英明君とはこの1年会っていません。久しぶりです。三潮に特別寄稿した「寺山さんと逢うまで」で自身の生い立ちから青春時代のことを書いていて、三潮を1冊頂きました。代りにはなりませんが、北狄の392号と393号を渡しました。英明君の奥様がパーマ屋さんに行っているとのことで、2時半までの時間でしたが、文学のこと、互いの近況のことなどを話して楽しく過ごす事が出来ました。そのなかで、今日的な不毛な政治状況の中で、文学が絶望的な状況であることをあらためて実感しました。

 2時45分にもどり、残りのレターパック詰めをして、3時20分に38部詰め終わりました。あとは、青森県近代文学館の川柳大会の投句のための作句です。「コロナ」「未来」「揺れる」の三句をつくり、プリントアウトし、県立図書館に返却する3冊をもって出かけました。まず、西滝郵便局へ行き、38部を窓口に差し出しました。今日(29日)には届いていることでしょう。

 県立図書館で3冊返却し、あらたに4冊借りて来ました。そのなかに寺山さん関係の本が1冊と新刊の詩集2冊です。2階の近代文学館で川柳大会の応募投句をすませ、高木彬光展をのぞきました。大正10年生まれの郷土の推理作家です。彼は医者の家系であり、高木恭三の甥でもあり、柳町の高木小児科、51番館ギャラリーなどの縁戚に当たる人です。私もむかし神津恭介ファンクラブに所属していたので懐かしく思いました。服部進先生が旧制青森中学に入学したとき、当時4年生の高木彬光が成績が1番だったと話していたのも記憶に残っています。

 自動車修理、北狄発送、佐々木英明、近代文学館川柳投句、県立図書館返却借本がすべて順調にいき、心豊かに帰宅しました。

 家で夕食前に机に向かっていると、笹森先生から電話があり、年賀はがきを製作したがプリントアウトできないということで、彼が迎えにくるというので、承諾しました。6時50分に先生が来て、7時20分に彼の浜館の家に到着し、1時間ほどでプリントアウトに成功しました。成功報酬のような、おでんと茸の瓶詰を2本もらい家まで送ってもらいました。珈琲を飲んで、30分ほどして笹森先生は、輝代さんが佐井の蛸と吉川さんのミズ塩辛をお返しに入れたタッパーを持って帰っていきました。

 今日の論語は、論語巻第四泰伯第八篇第19章第6節「煥として其れ文章あり」です。

 原文; 焕乎其有文章,

 拼音;Huàn hū qí yǒu wénzhāng

 通釈;孔子がいいます、「(堯は)輝かしくて礼楽制度を定められた。」と。

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