今日は3月31日です。午前中、蓬田の倉谷さんを訪問しました。成田先生と一緒に、倉谷さんから擦文土器の話、縄文後期から前九年の役までの謎の擦文時代を想像し、稲作で栄えていたと思われる津軽、とりわけ上磯蓬田の小館の畑地から昭和46年(1971年)1月に当時高校生だった倉谷さんが発掘した土器がその後、遺跡として古代史の謎を解く鍵となった事実を聞いてきました。
倉谷さんは北狄の同人であり、擦文土器に関する小説を4篇ほど発表しています。
(いにしえ、たみにさんしつあり。いまやあるいはこれなきなり。)「昔は、人民に三つの病蔽というのがあったが、いまではどうやらそれさえだめになった。」

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