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2015年7月7日火曜日

7月7日、山風や桶浅く心太動く

 毎日、日課をやり、川柳をつくり、漱石を読みながら、何とか中国語もマスターしようとやっていますが、成果はほとんどあがっていません。それでも、日々努力を欠かさないようにしています。
 11日は幸畑で中国の帰国者の人への日本語教室で中国語にふれることができます。毎日、魯迅の言葉や論語の世界にふれていますが、魯迅は中国の近代化のために、論語をはじめ儒教そのものも克服しようとしたようですが、カバはまず論語をじっくり読んでみることを続けてみたいと思っています。また、漱石を読めば、イギリスをはじめ、ヨーロッパの歴史と文明に触れることができます。翻って現代をみたとき、家族が米国に住んでいる以上、アメリカの現状も気になります。それでも、カバには日本がアジアの一員として、これから、14億人の中国、11億人のインドとどう向き合って生きていくべきなのか、とても気になります。中国や朝鮮半島について、遣隋使、遣唐使の時代に遡って、いまいちど振り返ってみる必要もあるのではないだろうか、そんな気がするのです。

 魯迅はいっています。 「もしも世界に天才がいるとすれば、天才にって悪罵の批評は、天才の作品を葬られ、天才が作家になるのを阻むことになり、そうした悪罵の批評こそ、凡才にとっては有益で、その悪罵のせいで作品ができなかったという言い訳ができるので、作家としての面目も保てることになるからだ。」凡才のカバは、どんなに作品を悪罵されようとも、ひたすら作品のことだけ考えながら日々愉しく過ごしたいと思っています。

 一方、孔子の方は、「武勇を好んで、貧乏を嫌えば、むりにその貧乏から抜け出そうとして乱暴する。人が道に外れているとしてひどくその人を嫌いすぎると、対立がきびしくなって、乱暴するのだ。」といっています。要するに、貧乏を嫌わず、人の道にはずれている人をもきらわずに、おだやかな気持で、正直に生きていくことが大切なような気がします。

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