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2015年5月14日木曜日

5月14日、木曜日。智の人は、動き、楽しむ。仁の人は、静かで、長生きする。

 今日は5月14日木曜日です。カバの女房の叔母の1周忌の法事です。8時半まえに家をでて、バスで菩提寺に向かいました。法要のあと、墓参り、そして食事会になりました。塩釜、山形、そして青森の7家族が集まっての法事とはいえ、和やかで楽しい会でした。
 会食場から家まで、義弟夫婦に送ってもらい、家で4人して互いの近況報告会となりました。市役所を定年で退職後、悠々自適の義弟の長男は青森にいるのに別居、その次男は東京に一家を構えています。娘と同居して三人暮らしです。一方、我が家の方は、長男がNY、長女が三鷹、次男が浦和、そして三男が青森にいますが、部屋はあるのに別居しています。双方ともまだ老い込む年齢ではありませんが、4人で顔をあわせるとお互い老けたものだと実感します。それでも、日本酒を酌み交わしながら、かつての賑やかな互いの家庭を思い出し、それぞれの子のことなど話がはずみました。結局、この日は夜の会合をキャンセルして、早めに床についたのでした。

 孔子によれば、「智の人は、流動的なので水を楽しみ、仁の人は安らかにしているから山を楽しむ。智の人は動き、仁の人は静かである。智の人は楽しみ、仁の人は長生きをする。」と。

 15日は、三四郎倶楽部の会長から、八戸での高校野球の試合(県大会に青森高校が出場し、その1回戦)観戦に誘われ、朝8時に出かけ、夕方の5時に帰ってきました。試合は7対6で逆転勝ちをおさめたのでした。会長ともうひとり下山さんと一緒でしたが、気分よく帰ってきました。

 孔子によれば、「孔子の故国魯の国は、孔子が理想とした周公旦が開いた国で、隣の斉の国がちょっと変われば魯のようになれるが、その魯の国ももうちょっと変われば理想的な道徳政治の国(すなわち道)にゆきつける。」といっています。このように、ちょっと変わればといいますが、それがなかなか面倒なのです。大阪市民だって、もうちょっと変われば、大阪が都に変わることができたのです。あと少しがいかに面倒なことか、よくわかりました。

 16日は東京行です。東京は小雨が降っていました。モノレールから傘をさして歩く人の姿が見下ろすことができました。浜松町で山手線に乗り換え、10時に上野駅で天津出身の阎连衝君と待ち合わせしました。アメ横を見て回って、ルノアールで珈琲を飲み、アメ横手前の食堂でパスタを食べて、12時に別れました。1時半からの原子力資料情報室の総会へ向かうために、御茶ノ水へ出て、そこから坂を下って、10分ほどで連合会館へ着きました。途中、足が痺れてもつれ、腰が痛くなりました。4千歩以上も歩いていましたから当然です。一休みして具合はよくなりました。総会の議案が承認され、無事カバは理事に選任されました。

 孔子によれば、当時(紀元前500年ころ)の飲酒の礼に使用される盃は觚といい、觚とは深酒をしないようにと容量の寡い器とされていたのに、ちかごろでは大酒となっていることを嘆いたのです。いつの時代でも礼節をわきまえずに、深酒、大酒の戒めはつきないものです。






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