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2015年1月30日金曜日

書斎のケーブルテレビを解約しました。

 我が家の書斎につないでいるケーブルテレビを今朝解約して取り外してもらったために、今日から二階のテレビが映らなくなりました。これで、二階では読書と物書きに専念できる体制となりました。

 
今日は、魯迅箴言を紹介します。夢から醒めたとき、自分が行くべき路がないのは、最大の苦痛だと魯迅は言っています。また、予言は詩であり、詩人は預言者でもあると言い、予言は単なる詩にすぎないが、詩はしばしば予言より的中するとさえ言いきっています。さらに、幻想で高く飛びすぎると、現実に堕ちたとき、傷は思いがけず深くなるのだといいます。それから、急に力を入れすぎると、力を抜いたときに、身体はうごきにくくなるとも言います。二度と自分を欺いたり、人をだますことがない時がくれば、それは希望の萌芽を眼にするときがきたことを意味するのだと言います。最後に、どんな濁流でも、一部を蒸留すれば、何杯もの澄んだ水にもなるともいいます。
 

101 人生最苦痛的是梦醒了无路可以走。(人生で最も大きい苦痛は、夢が醒めたとき、行くべき路がないことです。)

102 预言总是诗,而诗人大半是预言家。然而预言不过诗而己,诗却往往比预言还另。
 (予言は例外なしに詩であり、詩人の大半は予言者である。しかし、予言は単に詩にすぎないだけだが、詩はしばしば予言より的中する。)

103 幻想飞得太高,堕在现实上的时候,伤就格外沉重了;力气用得太骤,歇下来的时候,身体就难于动弹了。(幻想は高く飛びすぎると、現実に堕ちたとき、傷は思いがけず深くなる。急に力をいれすぎると、力を抜いたとき、身体は動きにくくなる。)

104 一到不再自欺欺人的时候,也就是到了看见希望的萌芽的时候。(ひとたび、二度と自分を欺き人をだますことのない時が来れば、すなわちそれは、希望の萌芽を眼にする時が来たのである。)

105 一道浊流,固然不如一杯清水的干净而澄明,但蒸馏了浊流的一部分,却就有许多杯净水在。(濁流はむろん、一杯の清水の清潔さや透明さに及ばない。だが、濁流の一部を蒸溜すれば、何杯もの澄んだ水になる。)

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