第一声で私は、つぎのように挨拶しました。
①私(笹田隆志)は、青森市浜町で生まれ、幼稚園から中学まで長島で育ち、高校時代は三内稲元に住んでいました。その後、秋田市で四年、仙台市で三年の学生生活を送り、二十五歳で故郷青森市の三内稲元の家に戻りました。その後、同じ歳の浦町橋本育ちの妻と結婚し、いまも住んでいます浪館前田の家に三十四年前、一家で三内稲元から引っ越してきました。
②私は、人生の半分以上を浪館の地に住み、妻とともに三男一女四人の子を育て、地元の浪館小学校、西中学校を卒業させることができました。これもひとえに、家族の支えはもちろんでありますが、多くの友人たち、そして地域や学校、それに部活動やPTAで知りえた多くの人たちのきずながあったればこそと思っています。
③私は、帰郷してまもなく県庁や市役所で働く地方公務員の労働組合であります自治労に就職しました、そして、地方公務員の労働基本権の確立や地方自治の確立のための仕事をしてまいりました。その仕事を通じて、中央と地方の格差、国家公務員と地方公務員の様々な格差を痛感し、憲法に規定された地方自治の本旨とは、まさに民主主義の実現にあることを学び、労働組合こそ民主主義の学校であると思いました。
④こうして、地方自治の確立と地方公務員の権利擁護のため、自治労に33年勤続いたしました。この間仕事を通じて、すべての県を訪問する機会を得て、全国のたくさんの先進自治体のまちづくりの取り組みの事例を学ぶことができました。また、アメリカやヨーロッパ、そして中国、韓国、東南アジアの各都市にも自治体のあり方の研修に行かせてもらいました。そして、日本における自治の仕組みや地方政治、とりわけ民主主義の定着が十分でないこともしりました。そのなかで、ふるさと青森市のもつ、おいしい空気、おいしい水道水、そして豊富でおいしい食材にめぐまれていることを痛感いたしました。そのことが青森市の最大の魅力、最高の資源であるといまも思っています。その観光資源を十分に活用していないということもわかりました。
⑤私は2009年、鹿内博市長誕生とともに自治労を退職し、市役所へ移り、2010年7月まで青森市役所の市民政策課で自治体行政も経験することができました。そして、市役所退職後、中国の旧満州国の首都でありました新京市、現在は吉林省の州都であります人口7百万人の長春市の大学で日本語を教える経験も積むことができました。わずか五カ月弱の滞在でしたが、現在は、日中関係は冷え込んでいますが、14億人の中国の人たちの大半は、日本に憧れをもち、日本に好感情をもっていることをしりました。おいしい空気、おいしい水道水、おいしい食材を求めて、中国人が大挙して青森市を訪れる日が近いことを確信しています。その意味でも、青森空港と中国大連空港への定期便の開設が重要だと思いますし、そのことに努力したいと思います。
⑥私は、中国から帰国し、2011年3月11日の東日本大震災を目の当たりにしたとき、地震津波の恐ろしさと原発事故の怖さに、ふるさと「あおもり」も福島の二の舞いにならないかと夜も眠れないほどでした。子や孫たちの未来に希望を見出すことはできない、と悲嘆にくれたものです。そんなとき、四人の子供とその家族の幸せを願うのなら、この一身を投げうっても故郷青森のために惜しくないと思うようになりました。そのことが、市民の安心安全な日常生活や暮らしにとって、防災がいかに大切かと痛感するようになりました。そして、四年前の市役所時代に庁舎の耐震診断結果により、現在の本庁舎が震度6の地震により倒壊し、働いている市職員はもちろん、毎日、一千人は訪れる市民が倒壊した庁舎の下敷きになり、犠牲になることがわかり、一刻も早く建替えすることが必要だと知りました。庁舎建替えは、現在地にするという基本計画がまとまり二年半、具体的な設計に入るという条例案がこの一年半、二度にわたって否決され、漸くさきの議会で可決成立しましたが、この期に及んでもまだまだ議会には反対勢力が多数いることは、大いに問題です。市民の安心安全を守る立場から、防災活動の拠点であり、司令塔たる本庁舎が一番危険な建物を放置したままにしておくことは、とても容認できるものものではありません。議会も一致協力して、新庁舎建設に向け努力し、汗をかくべきものと考えます。
⑦今の青森市は、日本創生会議の研究報告にあるとおり、人口減少に歯止めがかからず、2040年には人口が20万人を割り、このままでは、将来、市として消滅してしまうとさえ予測されています。その最大の原因は、若い人が働く職場がないために青森市に定着できないことにあります。それだけに、雇用が最大の課題です。雇用をつくりだす。つまり、ねぶた祭や紅葉シーズンはもちろんのこと、通念的な観光を中心として、サービス業、交通産業、そして地場の産品を利用したものづくりの産業を創意工夫して興すことによって、市内に雇用を拡大していく以外にないと思います。観光客や旅行客、滞在客や定住者を増やす目的で、市長とともに議員が国内外にトップセールスを行い、国内外の観光客をたくさん呼んできて、たくさんのお金をおとしてもらうことから始めるべきです。そのためのプロジェクトを全市的に展開することが必要です。
⑧青森市に新しい雇用をつくりだし、そのことによって若い人たちがこの青森市に定着し、そして結婚し、家庭をもち、こどもを産み育てられる環境をいかにしてつくるか、子育ての支援をどうおこなえるのか、そのことによって、青森市にこどもの元気な笑顔をいかにして増やしていくのか、そういったまちづくりをどうすすめるのかが、今の青森市にとって一番大切な市政の課題だと思います。
⑨具体的には、教育の問題だと思います。こどもたちの教育、とりわけ小学校の33人学級を4年生から6年生にまで拡充し、こどもたちから大人、そしてお年寄りまで、青森ならでは教育システムとして、英語の日常会話の講習が受けられるまちづくりをすることだと思います。そのために、青森公立大学の教育施設を活用し、市民に開かれる大学として開放すべきだと思います。その他の市民センターなどの施設も活用し、いつでも、どこでも、無料で英語の日常会話の講習を市民なら、子どもからお年寄りまで受けられるようにすべきだと思います。それが、観光でまちづくりをして地方創生をめざす青森の生きる道につながると思います。
⑩私は今の市議会議員の報酬は高すぎると思います。市民感覚からいって、年収1千万円を超えると言われる議員報酬は高すぎるのではないでしょうか。私個人の感覚からすれば、年収500万円でも十分だと思います。報酬審議会の答申は尊重すべきものと思いますが、せめて、同じ中核市であり、津軽海峡をはさんだ、ツインシティの函館市の議員報酬月額53万円、政務調査費5万円と同額とすべきだと思います。率に直せば、15%削減となります。
⑪議員報酬のみならず、市民の税金の使い道、費用対効果をあきらかにし、極力無駄をはぶき、節約し、財政健全化につとめ、節約したお金を、若い人が働き続けられるように雇用政策、子どもたちの教育、そして大人からお年寄りまでの生涯教育、さらには高齢者、障害のある人たちへ温かくぬくもりのある福祉の施策へ充当すべきだと思います。また、日常生活道路でのでこぼこ、段差の解消、スクールゾーンの禁煙化、一般家庭ごみの減量化など、ひとつひとつの課題を丁寧に市民の協力をえて、地域との連携をはかりながら、迅速かつ的確な行政をすすめていかなければならないと思います。
⑫青森市が観光を中心に地場のものづくり産業を振興し、沢山の観光客、旅行客、滞在客、都会からの定住者でにぎわうようになれば、当然に若い人たちの雇用の場もひろがり、結果として、若者が定着することにつながり、結婚し、家庭を持ち、子どもを生み育てられることにつながり、青森市の人口減少に歯止めがかかることになりますし、陸海空の交通機関を利用していまの2倍、3倍、5倍、10倍の沢山の観光客が青森市を訪れることによって、中心商店街のみならず、郊外の農産物の道の駅的な直売所をたくさんつくり、その賑わいが相乗効果をうむことにもつながり、青森市全体が活性化することによって、アウガの再建計画だって一挙に解決するのではないでしょうか。
⑬最後に、私は、自治労時代と市役所時代の経験をいかして、故郷、青森市の人口減少に歯止めをかけ、危機感をもって、市政発展のために「市民とともにつくる市民のための市政」の実現に向けて、一身を投げ打つ覚悟でこの選挙戦に何としても勝利したいと思いますので、市民の皆さんの絶大なるご支援をお願いしたいと思います。

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