一日の生活が固定化した。それも朝の5時に起きて、洗面し、風呂へ入り、朝刊を読み、デスクに向かいメールを受信する。6時半には家を出る。カメラを片手にである。隣の人が犬を連れて散歩に出る時間と同じ。その日の天気の具合とか、犬の調子とか簡単な会話だけだが、親しみが伝わってくる。そのあと、町内を自転車で一周し、道で会う人、庭先に出ている人、すべての人に「お早う」と声をかける。
7時少し前に帰ってきて、着替えをし、7時20分に自転車の荷台にハンドマイクと幟、後ろにポールを突っ立てて、また自転車にまたがる。7時30分から35分の間に、街宣を始める。約1時間、思いのたけを話す。日本の安全保障の問題、つまり集団的自衛権の行使容認による日本が戦争放棄をやめた話、最近はこの問題がやはり最初となる。つぎに、この歴史的な大転換を国民の同意を得ないまま、政府与党の独断でやってしまおうという暴挙について話しています。
これまでは、日本は憲法9条の範囲内で、日本が他国の攻撃にさらされたときにのみ個別的自衛権があると長年、自民党政権が野党の追及をかわしてきた。日本はアメリカとの日米安保条約による核の傘にあるから安全だと安全保障の面から日米安保体制を堅持するのだ主張してきたのだった。つまり、日本が攻撃されたときにのみ自衛のために武力を行使することが認められるという主張だった。したがって、アメリカがどこかの国と戦争をしても、日本は憲法9条があるので戦争も、武力による威嚇も行使もしないということだった。
国際的な紛争が起こったとき、国連軍から、そしてアメリカから日本は同盟国として自衛隊の武力行使を求められ、それがかなわないとなれば、憲法9条の改正を迫られてきたのは事実だ。アメリカの戦略は、東アジアにおいて中国、旧東欧のなかでロシアを孤立化させ、世界の名主として優位に立とうと思惑がはっきりしている。そのためには、日本の憲法9条がどうしても邪魔なのだ。
積極的平和主義を唱える安倍首相は、日本がいまや韓国、中国との関係において孤立化させられている、その原因となっている右傾化した反動的な政治姿勢を顧みることなく、日米関係を重視するあまり、憲法9条の解釈変更により、憲法改正なしに武力行使の道を無理無理きりひらいたのだった。そんなことを話している間に、すぐに30分がたってします。
子どもたちは戦争に送り出さずにすんだが、孫たちはどうかわからない時代になった。それだけに声をはりあげ、日本を再び戦争をする国にしてはならない、と。

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