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2013年12月29日日曜日

服部進先生、金澤茂弁護士、そして佐々木英明

 
 カバの師匠は服部進先生一人。服部進先生を紹介してくれたのが金澤茂弁護士。その金澤弁護士と中学・高校で一緒だったのが、青森が生んだ天才・寺山修司。金澤弁護士から25年前、寺山の代表的な短歌「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」を教わった。金澤弁護士はその後、名著「修司断章」を著して、カバをびっくりさせた。「修司断章」は寺山修司のことを論じたこれまでのどの本よりも、思春期の寺山修司の実像が書かれていたからだ。それまでは、理系だったカバは寺山修司のことを高名な郷土の先輩としてしか知らなかった。
 高校卒業後、寺山修司の劇団・天井桟敷に加わり映画にも主演したことがある佐々木英明はカバの高校同級生。孤高で、真摯で、しかも勉強家の英明は、高校時代からずうっと詩を書き続けてきた。寺山修司のもとを離れてからの英明は、どの同人結社にも属することなく、群れを嫌い、ひとりで詩を書き、ときに自作詩や、ときに寺山の詩を、みずから構成しなおして朗読してきた。彼の魂の炎を内に秘めた穏やかで、しかも抑揚の効いた語り口は、時には激しい刃となって観客の胸に突き刺さった。それほどに英明は根っからの詩人で、そして役者でもあった。そしていま、三沢市寺山修司記念館の館長として、記念館の仕事のかたわら、2013年の「寺山修司没後30年」にかかわる各種催しに積極的に関与し、2015年の寺山修司生誕80年の企画にも与している。
 カバはいま、師匠服部進先生が60年前に創刊した同人誌「北狄」の目次一覧の作成にとりかかるとともに、服部先生の全作品を読み返してみようと思っている。それは、昨夜の会合で、佐々木英明から「お前は才能はないけど、他に能もないのだから、もっともっと沈潜して、小説に専念してひとつひとつ丁寧に書き続けろ」と忠告され、同席した作家の古川壬生より「北狄の前編集長の自覚をもって北狄の名を汚すなかれ」と激励されたからだ。
 この冬はこれから未曾有の豪雪・劇寒となるとも予報されている。四年前、中国旧満州(現東北地方)でマイナス30度を体感した者のひとりとして、カバはこの試練をものともせずに乗り切る覚悟をかためた。さあ、あらゆるものを受けて立とう。決して、逃げはしない。

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