昨日は北の街社の齊藤孝幸さんと東奥日報生活文化部へ10月13日三市ペンクラブ交流会の「寺山修司没後30年記念講演会」のご案内を兼ねて表敬訪問しました。事前のアポなし訪問でしたが、相木次長が応対してくれました。南谷部長が当日出席してくれて、懇親会にも参加するとのことでした。青森ペンクラブはこれからもマスコミ、とりわけ東奥日報との良好な関係を築いていく必要があるからです。
夕方、金澤弁護士の大野の自宅で月見の宴が催されました。遙の最終的な打ち上げを兼ねたものでした。遙創刊時のメンバーである前田、工藤、田村氏にカバが加わっての会でした。ビール、日本酒、ワインといろいろ思い出話に花が咲きました。宴も終わりに近づいたとき、金澤先生から来年の市議選のことが持ち出されました。もちろんカバは否定しませんでしたが、概ね反対、どうしてもというのなら、消極的賛成というところまでしか、進みませんでした。中には、反対どころか、金も、人も、みんなに迷惑がかかるからとお叱りまで受けました。
そんなわけで、アヒルの水かきの第二段は失敗、炎上という結果に終わりました。
意気消沈しながら、それでも酒にだけは大いに酔って帰ってきましたが、朝起きると青柳さんからのメールで、北狄364号に小説を出さなかったのか、との指摘でした。慌てて東奥日報の文化欄の新刊雑誌コーナーを見てみると、北狄364号の紹介はされているものの同誌後段に掲載された5作品の紹介がカットされていました。こんなことは301号から北狄に加入して今日まで63作発表していますが、初めてでありました。早速、編集長に報告し、相木次長にもやんわり抗議したところです。
とかく、この世は思うように進まないものです。

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