16日は台風で、一日雨が降り続いた15日に続いて、さらに激しい豪雨と強い風の一日だった。カバは素人デジカメ写真展の会場に朝一番で駆けつけた。本当は、自転車で行くつもりだったが、雨がひどいため、プリウスで市民美術展示館へ乗りつけた。とにかく、16日は写真展の最終日で、後片付けと作品の搬出作業があり、そのためには車が必要でもあった。今回は、4日間、搬入展示作業の12日もあわせると5日連続、展示館へ通ったことになる。
15日に会場で、今村さん昆さんと会話で、次のデジカメ展が、来年3月になるので、その作品の話になった。カバは、近年、孫の写真と中国の写真を出品している。実は、今年の3月、福島での原発事故2周年集会へ参加したとき、バスから降り、会場へ入ったもののいつもの愛用のデジカメが作動しなくなっていた。ポケットに入れたまま、早朝出発のバスで眠ってしまい、自分の体重でレンズの出入作動部を圧拍してしまったらしいのだ。その後、レンズの出し入れは可能となったものの画像に歪みが出るようになった。しかも、搾りとシャッターの連動がうまくいかないようになった。そんなこんなで、今回の出品は、3月11日以前に撮ったものばかりであった。
カバは来年3月予定のデジカメ展では、22日からの中国桂林での作品を出品するつもりだが、デジカメが壊れたので、新しいデジカメを買わなければならないと何気なく話したのだった。そしたら、受付付近に居合わせたデジカメ展の会員が、「金澤先生に話してごらん。先生ならいまは使わなくなっている古いカメラがあるはずだから、そのなかのひとつを借りて行けばいいのではないか。ひょっとしたら、いただけるかも」と言うのだ。それも、一人ではなかった。
そんなことがあって、午前10時半に金澤先生が顔を見せた時、お茶をいれてあげたついでに、「古くなったデジカメでいまはお使いになっていないカメラがあれば、それをしばらくお貸しいただけないでしょうか」と叱られるのを覚悟しながら、不躾なお願いをしてみた。
すると先生は、「いいでしょう。少し重いかもしれないが、D200というカメラを君にあげましょう」といともあっさりと承知してくれたのだ。私はニコンのD200なるデジカメがどんなものかもちろん知るよしもなかった。先生は昼前に、いったん帰ると言われて、自宅に戻られました。そして、強風豪雨の中、午後1時に再び、今度はタクシーで展示館へ紙袋を持って現れたのでした。そして、会場の談話テーブルの座り、紙袋からいかにもずっしりと重く、荘厳なイメージの一眼レフのD200カメラをレンズ付きで取りだしたのでした。「これを君にあげるから、大事に使ってください」と充電器とD200の解説マガジンも一緒にカバにくれたのでした。この時の感動をカバは一生忘れることができないと思います。すぐに、プリウスへカメラをしまいに立ったのでした。
この時から、D200は私の宝物になったのでした。

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