今日から7月1日です。月曜日なので、朝5時40分に起きました。6時に散歩に出て、7時半から机に向かっています。今日も一日好天に恵まれそうです。
このところ孔子の論語を毎日、少しずつですが一日一章の割で読み続けています。第6篇「雍也第六」という篇を読んでいますが、論語にもだいぶ慣れてきました。
第23章は「觚不觚、觚哉觚哉」で、この章で孔子は、稜(かど)のない觚(こ)という酒器が名と実物が違うことを挙げて、当時の天下の物が有名無実であることを歎き、それから人君が人君たる道を失えば人君でなくなり、人臣が人臣たる職に尽くさなければ人臣たる資格はない、といっています。また、仁でない人は人ではなく、治まらない国は国ではない、との解説もあります。
第22章では、「斉一変至於魯、魯一変至於道」と曰って、功利主義にはしり礼儀の教えを重んじない斉の国に対し、その国風を改め国政を改革すればかつての魯のようになるとし、今の魯も先王の道の遺風が残っているけれども、為政者はもっと現状を一変して、衰えた政治を盛んにし、さらに廃れた風俗を興すべきだと、主張しています。一変には、改革と振興があり、その国の状態に応じて為政者は判断する必要があると曰っています。
第21章が「知者楽水、仁者楽山、知者動、仁者静、知者楽、仁者壽」であり、知者と仁者を水と山に譬え、知者と仁者の本質は、動と静であり、両者の効果は、知者は心がつねに快活であり、仁者は寿(いのちなが)しとして、永く寿命を保つとしています。
第20章では、弟子の樊遅から「知」を問われた孔子は、「務民之義、敬鬼神而遠之」(民の義を務め、鬼神を敬して之に遠ざかる」ことだとし、また「仁」を問われ、「仁者先難而後獲」(仁者は難きを先にして獲(う)るを後にす)と答えています。つまり、人道のようなまさに知るべき所を知って、鬼神のような知るべからざる者に惑わされないのが「知」であるとし、心が専ら道理に従って私情を雑(まじ)えていないのが「仁」であると曰っています。
第19章では、「中人以上、可以後上也、中人以下、不可以語上也」(中人以上には以て上を語(つ)ぐべし。中人以下には以て上を語ぐべからず)として、天分や学力が中等の人以上の者には上等の高尚な道理を教えてもよいが、天分や学力が中等の人以下の者には上等の高尚な道理を教えない方がよいと曰っているのです。つまり、人にものを教えるには、相手の天分をよく見て加減をしなければならないことを述べています。
第18章では、孔子は学問の道に進むことを励ましています。「知之者不如好之者。好之者不如楽之者」(之を知る者は之を好む者に如かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず)であり、人が人の人たるべき道を行うのに深浅厚薄の区別があり、学に志す者は必ず極処に達するまでつとめなければならないことと、道のあることを知っている者は、知らない者よりは勝れているけれども、道を好む者には及ばないし、道を好む者は道を楽しむ者には及ばないと、上には上があり、そこまで進まなければならないことを諭しています。
さらに、第17章では「人之生也直、罔之生也幸而免」(人の生くるや直なり、之を罔(な)みして生くるや幸ひにして免るるなり)と曰って、人が生きているのには生きているべき道理があると説いています。つまり、この道理は直(ちょく)といって、仁義礼智(信)等の本心が自然に発露して曲げられることが無いのを謂いますが、もしこれを無視して直でないとすれば、生きていくべき道理を失って生を全うすることができないはずだと曰っています。ですから、なおもよくその生命を保っている者は、たまたま幸いに死を免れているに過ぎないと曰っているのです。
今日のところは論語の紹介はこれぐらいにしておきます。

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