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2013年6月24日月曜日

あとひと月たらずで64歳

 6月22日の土曜日は、昼に寺町の本町公園へ行き、原水禁の平和行進の集会に参加しました。そのあと、事務所に戻り、一服して、午後2時からのペンクラブの講演会を聴きに、成田本店4階のホールに向かいました。高森ましら(俳人)さんのお話しは、松尾芭蕉の母と津軽、とりわけましらさんの生家である長勝寺との縁をむすびつけ、まさにミステリーの謎ときのようでした。何故、芭蕉は津軽に来なかったのか、そのわけが少し理解できたような気がしました。
 4時からは、同じ新町のカワムラビルで青ペンサロンでした。私の好きな歌という題でした。プラターズの「オンリー・ユウ」と加山雄三の「君といつまでも」にまつわる思い出をしゃべりました。斎藤葵和子さんが黒石のお寺さんにいたころ、よく「じょんがら節」が流れているのを聴いていたという話を初めて聞きました。童話を話すような口ぶりで、重い思い出を話されてじーんときました。
 5時半に綺羅の開店15周年のお祝いに長島の店にいきました。4時半開会ということで、15人ほど集っていました。その中には、長小6年7組の会の柿崎君と高校同期の齊藤君がいました。真知子さんのともだちのSさんという元気なお母さんの話に耳を傾けているうちに9時半になっていました。帰りがけにグートラン(主人がドイツ、息子がフランスで修業したという古川旭町通りのケーキ屋)のケーキを手土産にもらいました。
 10時前に家に帰りましたが、4時からの酒がまわり、キンドルでの読書もままならず、ほどなく横になりました。
 23日の日曜日は、朝6時半に女房が仕事に行ったので、すぐに起き、バラやドーダンツツジ、それに名も分からない白い花など、いろんな花が咲いている庭に出て、そのあと家の周りを少し散歩しました。7時半から午後1時まで、論語、魯迅の阿Q正伝を断続的に読みつづけました。
 午後1時に八戸に出かけました。田代から十和田におり、五戸をまわって根城の浅石事務所へ向かいました。ちょうど、1時間50分で着きました。核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団の事務局会議でした。カバのライフワークのもうひとつが、反原発・反核燃サイクルだからです。原発や核燃サイクル施設から出される放射性廃棄物を無害化できる科学的技術が現在も未来も不可能だと思うからです。エネルギーは再生可能エネルギーでなければなりません。駄目なものは駄目なのです。
 2時間の会議に往復4時間の車の山越えの走行は少々疲れます。帰ったら、柴谷君が焼き鳥をとどけてくれたとのこと。缶ビール3缶あけ、鶴田の焼き鳥に舌鼓をうったのでした。効果てきめん、8時にはほろ酔い気分になり、4時間の自動車運転の疲れがどっとでて、ソファーから寝床へ直行したのでした。
 6月24日、朝8時20分まで寝てしまいました。何度か起きましたが、どうしても眠り足りない感じがして、また眠りにつき、変な夢をいくつもみました。天気はいいようですが、都議選の結果にはがっかりしました。自民党を勝たせて、都民の生活は良くなるのでしょうか。ますます暮らしにくい都会となるのがわかっているのに、過半数以上の棄権者は何を考え、何を求めているのでしょうか。
 まもなく64歳になるカバにも、しずかに田舎で余生を送るときがきているのかもしれません。

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