今冬は弘前や黒石に比べ、雪が少ないと思って、中国で春節を迎えるべく、北京経由で天津へ向かった。11日の晩に羽田に帰国して、12日の朝、青森に着いたら、一面銀世界だった。
14日に次男一家が帰郷してからとくに16日に横浜に帰るまでの間にも雪が降っては止みしていたが、それが16日から17日にかけてひどくなり、春の予兆を待ったが、結局、空から落ちてくる雪の量はますます増える一方で、いまは青森市の酸ケ湯温泉は積雪五メートルを超え、全国放送で豪雪ぶりが報道されるまでになった。奥羽線や青い森鉄道、海峡線は運休や遅延が続いている。
22日の長島小6年7組の会で、戸山団地と旭町で美容院を営む、モト君は店の駐車場の確保で毎日、6時間除雪していると嘆いていた。2台の除雪機をフル回転しているとのことだ。みなライフラインに支障をきたしているのは、間違いがない。23日の日中友好協会青森支部の総会に埼玉からきて弘前に前泊した呉さんは、奥羽線が運休でバス代行により青森へやっとの思いで辿り着いたと語った。そして、昨日、不覚にも川柳研究会の帰り道、本道へ入る直前に雪薮に突っ込み、にっちもさっちもいかなくなって、心配になって見守ってくれた近所のお婆ちゃんも含め5人の人に助けられて、どうにか抜け出ることが出来た。青森の人たちも捨てたものではないと感謝しきりだった。
今朝も、私がまだ眠っている間に、家の前で幼稚園バスが雪道にぬかり、動けなくなったのを家人がみつけ、近所の雪かき中の人が総出で後ろを押してどうにか脱出したとのことだった。出勤途中の人も遅刻を覚悟で協力してくれたとのことだった。そのことをカバは起きてから家人に聞いた。
昨夜は、週末の疲れが一挙に出たが、日課の魯迅箴言、孔子論語一日一章、北狄の小説原稿書き、できあがった遙を読んだりで、寝たのは2時近くであった。そんなわけで、8時まで起きることはかなわなかった。
カバは北狄の阿木邑編集長へ小説原稿の締切延長を願い出ることにした。今日は、一日、家に閉じ籠って原稿書きに徹することにした。阿木邑編集長から返事が来ないので、とにかく今日は何も考えないで、飲まず食わずで頑張るしかない。

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