私は2012年2月に北京の魯迅博物館を訪れました。魯迅博物館は2011年7月に続いて二度目の訪問です。博物館で魯迅の写真を見て、私が二十歳のとき、秋田で出会った魯迅の翻訳家の竹内好さんから東京に出てきて中国文学の勉強をしてみないかと誘われたことを思い出して、つい涙がでてしまいました。竹内さんは、私が仙台から帰郷した翌々年に肺癌で亡くなりました。出会いから八年、上京しようかと迷っていた矢先でした。
最近、私は毎日、魯迅箴言を読んでいます。もう二度目になりました。二度目の読みときが終れば、次は魯迅の小説を原文で読んでみたいと思います。とても、竹内さんのようにはいきませんが、少しく魯迅を読み続けたいと思っています。私も魯迅や竹内先生が歩んだ地上を一歩一歩踏みしめて、希望へとつづく路をつくっていきたいと思うからです。
私が現在、もっとも好きな魯迅箴言は次の言葉です。
世界决不和我同死,希望是在于将来的。
(世界が私とともに滅ぶことはあり得ず、希望は将来に在る。)
希望是本无所谓有,无所谓无的。这正如地上的路。其实地上本没有路,走的人多了,也便成了路。
(希望は、もともとあるものとも、ないものとも言えない。それはまさに地上の路のようなものだ。本来、地上に路はなく、歩く人が増えれば、そこが路になるのである。)
8月の下旬には、山東省の曲阜を訪ね、泰山に登ってきました。曲阜は中国春秋時代末期の魯の国都で、孔子は曲阜の郊外の陬村で2564年前に生まれています。いまも残る曲阜市の中心部には三孔(孔廟・孔府・孔林)があり、市民の四割が孔氏、孟氏の子孫たちが三孔のまわりに住んでいます。
泰山は同じ山東省の泰安市にある1500メートルほどの山ですが、麓から頂上まで石段が続く風光明媚な山です。山麓には中国三大建築物のひとつの岱廟(他は孔廟、紫禁城)があります。泰山の頂上からの眺めはまさに絶景でした。
私は曲阜から戻り、毎日、論語を読んでいますが、井上靖の孔子、和辻哲郎の孔子の他に、竹川弘太郎さんの『漂泊の哲人 孔子』も傍らに置いています。もちろん論語に関する本も幾つも並べています。
私は最近、友人たちから「幸せな男」とよく言われます。年金暮らしながら、働かずに好きなことをしていられるからだということです。確かに、楽しくてしかたありません。誰からも束縛、強制されることなく、読みたい本を読み、内容・評価とは関係なく、書きたい小説を書けているからです。
「人類の教師」といわれる孔子に学び、論語を諳んじられる歓びを感じています。
子曰、學而時習之、不亦説乎、有朋自遠方來、不亦樂乎、人不知而不慍、不亦君子乎。
(子曰わく、学びて時にこれを習う、亦た説ばしからずや。朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。人知らずして慍みず、亦た君子ならずや。)
12月の上旬には四川省の省都成都へ行ってきました。上海、天津を回り、成都には夜中に着きました。成都へ着く半時間前に飛行機は激しく揺れ、墜落するのではと思ったほどでしたが、丁度、剣門閣の上空だったに違いありません。成都での目的は杜甫草堂を訪ねることでしたが、草堂正面の門前に立ち、私はしばし絶句したものです。正門を入って中へ進むと草堂を左右に分け貫く石道を両側の土壁の内側の竹林がアーチとなって覆っていたのでした。それが、夢にまで見た浣花草堂でした。感動と同時に、杜甫と同じく望郷の念に駆られたのでした。私は草堂で購入した杜甫「蜀中詩選」を青森にかえってすぐ、机に広げて読みだしたのでした。
絶句(杜甫)
江碧鳥逾白 山青花欲然 今春看又過 何日是帰年
(江碧にして鳥逾白く 山青くして花然えんと欲す 今春看す又過ぐ 何れの日か是れ帰年ならん)
2013年1月2日

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