「孔子は言った。(君子の学は己の人格を完成することにつとめることにある。他人が知っても知らなくても、己を損益することはないのであるから、)他人が己を知らなくても憂慮はしない。ただ人を知らないことを憂慮する。(人を知らなければ、善を取って悪を去り、正に従って邪に遠ざかることができないからである)、と。」(論語第1篇学而第一第16章)
「動物と植物のあいだ、あるいは無脊椎動物と脊椎動物のあいだには、どちらにもその中間物が存在する。あるいは、つまり、こうもいえよう。進化の鎖につながるものすべてが、中間物である、と。」(魯迅箴言)
孔子は、人が自分のことを知らないことも、どう言おうが憂慮も、心配もいらない。むしろ、人をちゃんと知ることからはじめよ、と言っています。
また、魯迅は万物は流転進化するのだから、現状維持や、復古などを考えることなく、いまはつねに中間点であると自覚して、前に進むしかない、と言っています。後戻りはできないのだ、と。

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